歩く地図がんぺー

マレーシアやマレー世界が好きなだけの青年が、マレーシアの歌を翻訳したり、マレー世界についてなにか紹介とかするブログです

マレーシアの日

 あぱかばー(どうも)。

 先日、ジャカルタに行ったときに、マレーシア経由だったのにマレーシアに入国する時間がなかったがんぺーです。 

 日本には建国記念日アメリカには独立記念日などがあるように、マレーシアにも、建国を祝う祝日があります。

 まずは8月31日のマレーシア独立記念日

 マレー語ではHari Kebangsaan Malaysiaといいます。が、少々お堅い表現なので、独立という意味のMerdeka(ムルデカ)もよく使います。Hari Kemerdekaan(丁寧な表現)もよく言いますね。

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独立記念日とマレーシアの日を祝う垂れ幕

 フォーマルな場面では、Selamat Hari Kebangsaan Malaysia、友人やご近所の人にはSelamat Merdeka!(独立おめでとう)などといいます。ことし(2018年)は独立61年目です。

 61年前に独立できたのはいいのですが、現在のマレーシアの領土が決まるまで、少々複雑な経緯を辿っています。

 まず、お手元に地図を用意してください。そしてマレーシアを探してください。読者に地図を用意させる自分もどうかと思いますが、こればかりは探してもらったほうがいいのです。「マレーシアの場所くらい知ってるぜ」という方は頭の中で描いてください。周辺国も一緒に描いていただけるとありがたいです。

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マレーシア国旗が描かれたウォールアート

 マレーシアを見つけた方で、マレーシアの領土がなんかおかしなことになっているなと思った方はいらっしゃるでしょうか。あなたの疑問はたぶんまちがっていません。そして疑問に思わなかったとしても「まあこんな国もあるやろ」と考えている方もいると思うので、そう思っても思わなくても大丈夫です。

 マレーシアの領土は、南シナ海を隔てて大きくふたつの部分にわかれています。首都クアラルンプールがあるのはタイの南に少し膨らんだ形であるマレー半島です。以下半島部と記します。半島部の南にちょこんとシンガポールがくっついていて、西隣には巨大なインドネシア領スマトラ島があります。

 そして半島部から海を隔てた東側には、東西に広い領土がありますね。南側をインドネシア、そしてなぜか間にブルネイと言う小国があります。こちらの島はボルネオ島と呼びます。以下、ボルネオと記します。オランウータンやテングザルで有名な島です。ちなみにインドネシア側はカリマンタンと呼ばれます。

 さて、ここまでいろいろな国名や地名が出てきてややこしいかと思いますが、今回キーワードになるのはこちらのボルネオのほうです。マレー語ではBorneoと書きます。ちなみに半島部はSemenanjung(スムナンジョン)と呼びます。ボルネオに対しての半島部、という意味でよく使用する言葉です。

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ボルネオ島サラワク州シブの市場

 マレーシアが独立したのは1957年、イギリスからです。そのときにマレーシアとして独立したのは、現在の半島部だけでした。

 イギリスは、各地を植民地にしていった経緯が少し違うため、その統治方法も違っていました。詳しいことは割愛しますが、半島部が英領マラヤと呼ばれていました。

 ボルネオは現在でも二つの州がありますが、現在の西側にあるサラワク州がサラワク、東側にあるサバ州北ボルネオと呼ばれていました。サラワクは1946年まではサラワク王国と呼ばれていましたが、のち直轄植民地になります。北ボルネオはかつて英国東インド会社領という植民地と言うよりは会社領というわけのわからん存在でしたが、のちに直轄植民地になってます。ちなみにブルネイはイギリスの保護領シンガポールは英領マラヤとは別枠で統治されていました。

 このへんの歴史的経緯はすこしワケがワカランことになっているので、ざっくり「半島部とボルネオとは英国領だったがなんか違う」と思ってください。

 1957年8月31日にマレーシアが独立しますが、そのときこれらの英国領はまだ独立できていませんでした。このブログでこれからの歴史的経緯を書いていると終わらないので、ざっくり飛ばしますと、1963年9月16日に、晴れてこれらの地域もマレーシアとして併合することができたのです。

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半島部ペナン島セブンイレブンにて。独立記念日キャンペーンの案内

 ちなみにこのとき、ブルネイはマレーシア併合を拒否。そしてシンガポールは併合されますが、二年後の1965年8月9日には、マレーシアと分離独立することになります。

 ボルネオのほうは、1957年の独立時には半島部いっしょに独立していませんでした。ですがこれらの領土がくっついて今のマレーシアになったぞ。ということで、マレーシアの日という記念日になりました。

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サバ州パパールのジャングルクルージング

 このマレーシアの日ですが、半島部ではその経緯からか、反応が薄いことは否めません。盛り上がるのはボルネオのほうで、サバやサラワクでは独立記念日よりマレーシアの日のほうが盛大に祝う印象です。逆に、ボルネオのほうでは、独立記念日は半島部に比べると盛り上がりに少し欠けるかなという印象です。

 割愛しましたが、併合までの経緯から、ボルネオの自治権は強く、現在でも半島部からボルネオへは出入境審査があります。これややこしいのですが、半島部からボルネオに行くときは国内線乗り場から、ボルネオから半島部、またはもう一方の州に行くには、国際線乗り場というか州際線乗り場から飛行機に乗ります。

 さきほど、盛り上がりに欠けるだのなんだの述べましたが、今日のマレーシアのかたちが出来上がったのがこの日。マレーシア人にとっては、独立記念日と同じく大切な日なのです。

 ボルネオといえば、マレーシア最高峰のキナバル山や、世界自然遺産にも登録されているグヌン・ムルなど、ほかにもたくさんの見所があり、半島部とはまた一味違う魅力があります。是非いちど、半島部でもボルネオでも、できれば両方とも、マレーシアを訪れてみてください。

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サバ州コタキナバル沖の島にて

 尚、途中で割愛したサラワク(王国)や北ボルネオ、マラヤ、シンガポールなどの経緯は興味深いので、関心のある方は是非調べてみてください。説明不足ですみません…

ジャカルタで乗り回そう

 どうも。二時間で時差ボケしてしまったがんぺーです。

 先日、盆休み明けに、大学の先輩がインドネシアで結婚するということで、アジア大会で盛り上がるジャカルタに訪れていました。

 結婚式の件はのちに紹介できればと思うので、今回はジャカルタの交通事情について紹介します。といっても、超個人的な基準で判断しているので、この記事を読んだからといって参考にしすぎないようにしてください。

 

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ジャカルタの渋滞(macet/マチェット)

 ジャカルタは他のインドネシアの都市と違うところがあります。

 ジャカルタは…公共交通機関だけでの移動が可能だというところです。

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 おい待たんかいと。公共交通機関がないところなんかあるんかいと、おっしゃりたい気持ちもわかりますが、これ本当で、ある程度の大きな都市にならないと公共交通機関が後述するアンコットだけになったり、場所によっては殆どなかったりします。バスがあっても殆ど動いていないなんてザラです。インドネシア第二の都市は東ジャワ州のスラバヤという街ですが、300万都市にも関わらずバスですら満足に動いていないそうです(又聞きなので信憑性に欠けますが)

 とにかく、インドネシアで唯一といえる、公共交通機関だけで移動できる街・ジャカルタの様々な乗り物を、独断と偏見で紹介します。 

ジャカルタで乗り回そう

 今回の公共交通機関の紹介には、タクシーやバイタク(オジェック)は省かせていただきます。公共交通機関だけということで。

Buswayバスウェイ

 (個人的に)ジャカルタを代表する交通機関といえばバスウェイです。渋滞で動かない一般道の隣を、専用道を気持ちよさそうに通過していく、あの背が高いバスです。

 ジャカルタというのは地盤が弱い土地なのか、地下鉄の開発が遅れ、こんどやっと開通しますが、その工事の完成を悠長に待てるほど慢性化した渋滞を看過できる状態ではありませんでした。

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左側の区切られた専用道を走るのがバスウェイ

 「地下鉄は建設に時間がかかる、でもバスは渋滞する、このまま放っておける状態ではない…はッ!そうだ!バスと電車を合体させよう!」と思ったかどうかは知りませんが、バスと電車のいいとこどりのようなバスが開通しました。

 乗車するには、まず駅に行きます。駅といってもインドネシア語ではHalte(バス停)という単語を使っているので、バスの亜種ですよということなのでしょう。あのシステムを見て電車に近いと思うのは日本人だからなのでしょうか。

 駅は大通りの真ん中に設置されていることが多いです。歩道橋の真ん中にあるクソ長いスロープを歩かされるところが多いので、歩道橋を歩いているときに「乗りたいバスが来た!走れ!」といっても間に合わないので諦めてください。次のバスに乗りましょう。

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ホームまではだいたいこんな歩道橋を延々と歩きます

 バスウェイというのは、バスはバスなのですが、電車が駅に停まるようにホームがあり、ドアもホームの高さに合わせられています。改札もあるので、前述の通り電車っぽいバスだと思ってください。ただ、いくら特別な仕様であっても、バスはバス。収容能力の限界が通常のバスよりは多くても鉄道よりは劣るのは否めず、時間帯や路線によってはアホみたいに混みます。

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駅に接近するバスウェイ。車掌も乗務して、英語放送もあるので安心

 ジャカルタの主要な場所はだいたいバスウェイが網羅しています。路線が多すぎて訳が分からないことになっていますが、駅員や車掌に聞けばちゃんと教えてくれます。そして安いです。3.500ルピア(35円くらい)くらいなので、お金がなくて暇なときはバスウェイでひたすらぶらぶらするのもいいかもしれません。

 

Commuter国電

 勝手に国電と呼んでいますが、そんなかんじです。国鉄の子会社が運営する、国鉄の路線を走る通勤電車です。

 国電に関してはかなり詳しいサイトがあるので、詳細はそちらをご参照ください。ので、私の独断と偏見で国電を紹介します。

インドネシアの地下鉄・都市鉄道 (http://www.2427junction.com/ 様)

 いま走っている車両は殆どが日本の中古車両というのは有名な話でしょうか。関東で長く住んでいる方は懐かしさを覚えるかもしれません。

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駅に進入する元JR東日本205系車両。塗装や金網など以外は殆ど日本時代と変わりません

 なにせ便利です。私なら、目的地まで国電で行けるのならば迷わず国電で行きます。渋滞ナシ、なのはいいですが、ときどき謎の長時間停車があったりするのはご愛嬌。遅れやすい長距離列車と線路を共用しているので勘弁してあげてください。

 個人的に国電が不便なのは、観光地を殆ど網羅していないところで、まあ観光地をアクセスするために建設したわけではないので当たり前っちゃ当たり前なのですが、観光には殆ど使えないと思ってください。また、長距離列車、特に観光客がよく利用するジャカルタ~バンドンの特急列車が発着するガンビル駅や、空港鉄道が発着するスディルマン・バル駅を通過します。

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日本と殆ど変わりません

 日本の電車を懐かしみに、電車に乗りに行くこと自体が目的になるかもしれません。

 また、観光地から離れているとはいえ、スーパー渋滞都市ジャカルタに於いてスイスイ進んでくれる数少ない交通機関でもあるので、少し離れてるけど国電で目的地に近づいてからタクシーやバイタク、という使い方もいいでしょう。

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空港鉄道のスディルマン・バル駅を通過する元東京メトロ05系

Bisバス

 前述のバスウェイとは違って、フツーの路線バスです。Bis Kota(ビスコタ、市バス)ということもあります。

 Kopaja(白色の車体に緑帯)やMetromini(オレンジと青色のツートンカラー)などがありますが、専用道を走るバスウェイと違って一般道を走るので渋滞にはまりやすく、また始発では客待ちをするのでなかなか出発しないなど、時間が読めない乗り物No.1でしょう。バスウェイより優れている部分といえば、歩道から乗り降りできるのでバスウェイのように歩道橋を延々と歩かされることがないことでしょうか。またそれも、バスウェイも路線によっては郊外で専用を飛び出して歩道で乗り降りさせる場所もあるので、その強みも少し微妙なところがあります。

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(後ろからですが)乗客を乗り降りさせるバス。日本の市バスと違い、小柄な車両です

 スリが多いらしく、治安もあまりよろしくないみたいなので、そこまでおすすめはできませんが、他の乗り物と同じように、普段着のジャカルタを体験できる乗り物であることには変わりないので、面白いかもしれません。

Angkotアンコット

 前述したみっつの乗り物が網羅しきれていない場所に行くにはアンコットの出番です。なんなら、ほかの乗り物があってもアンコットのほうが早いこともあります。angkutan kota(町の乗り物)の略でアンコット。そのまんまですね。

 アンコットはバンを改造した小型バスのような乗り物で、基本的にアンコットが停まれる場所であればどこでも乗り降りできます。本数もかなり多く、同一方向に向かうアンコットが一気に数台することもあります。乗りたいときは手を挙げましょう。

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ジャカルタではなくバンドンのアンコット。だいたいこんな見た目

 フロントガラス部分に番号や行先が書いていますが、どれに乗ればいいかはっきりしていないときやよくわからないときはアンコットを停めて運転手に直接訊きましょう。「俺のは行かねえ」だけ言う人もいれば「○○番のアンコットなら行くぜ」と教えてくれることもあります。尚、前述のバスとともにインドネシア語ができないと難しい乗り物でもあるので、できない方はそれはそれで楽しいかもしれません。

 運賃は距離に応じてだそうで、慣れていないと運賃がわかりませんが、運転手が各乗客の乗車地点を覚えているっぽいので、テキトーに5.000ルピアくらい出せばお釣りが返ってくるでしょう。心配な方は事前に運転手や周りの人に聞きましょう。運賃は降りるときに運転手に払います。

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ジャカルタではなくマカッサルのアンコット。当地ではペテペテと呼ばれます。ところ変われば呼び名変わります

 バスと同様、スリが多く危険だとは言われますが、場所や時間によっては客が殆ど乗っていないアンコットもあり、そのようなアンコットであれば大丈夫でしょう。バスにしろアンコットにしろ、夜間の乗車はお勧めできませんが。

 インドネシアの都市にはだいたい走っていて、場所によっては呼び名が変わります。上の写真のスラウェシ島マカッサルではペテペテ、バンドンではミクロレットと呼ばれていました。

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アンコットの車内。狭いです

どうやって乗るの?

 肝心なこと忘れてましたね。

 バスとアンコットは現金で支払えます。というか現金しか使えません。

 問題はバスウェイと国電です。

 これらは、専用のICカードを購入する必要があります。国電には一回用のICカード乗車券がありますが、デポジット返却に時間がかかったりするので、数日以上、また現地に在住するぞという方は、買っちゃってもいいかもしれません。

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上からFlazz、Multi Commet(コミューターのプリペイドICカード)、コミューターの一回乗車券

 Flazzカードという、高速道路料金の支払いなどもできるカードがあり、それであればバスウェイや国電も乗れます。

 購入場所はバスウェイまたは国電の駅の窓口です。バスウェイの窓口なら問題なくFlazzカードが貰えるハズです。が、ころころルールが変わりやすい国でもあるので、そのうちまた別のカードが登場しているとも限りません。

 また、ちろっと触れた「路上から乗るタイプのバスウェイ」は現金で切符が買えます。タマンミニなどから発車するバスはそのタイプでした。

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国電の一回カード発行機

 以上がジャカルタの主な交通機関です。

 タクシーやバイタクなどに関しては割愛させていただきました。また、空港アクセスに関しても、ゆくゆく紹介できればと思います。

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2006年東京、ではなく2016年ジャカルタです。

天理へおぢばがえり

 どうも。ある伝統宗教信者のがんぺーです。

 先日、奈良県は天理に足を運びました。

 私は大阪に住んでいるので、大阪市内から近鉄奈良線に乗って大和西大寺近鉄橿原線に乗り換え、平端で天理線に乗り換えると、大阪難波からは約一時間で宗教都市の天理に到着です。

 天理の駅に降り立つと、天理教の方がなにか演説してました。大阪でも何度か見たことありますが、天理に降り立った途端見かけるとはさすが天理教のお膝元。雰囲気が感じられます。天理市といえば、宗教団体名が自治体名に採用された唯一の例でしょう。岡山県金光町浅口市に合併されたいま、日本唯一の宗教都市ということになっています。大阪のベッドタウン化している周辺部はまだしも、中心部は天理教の独特な形状の建物が立ち並ぶ天理教都市です。

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天理駅前にある、おそらく天理教の施設。市内中心部に集中する天理教の施設は、学校だろうが病院だろうが宿舎だろうがこの形状の建物が多いです

 天理教では、天理は人類のふるさと。「ぢば」と呼ぶそうですが、人類のふるさとに帰るということで天理教では天理に行くことを「おぢばがえり」と呼ぶそうです。私は天理教徒ではないので、おぢばがえりという言葉を使っていいかどうかはわかりませんが、あちこちに「おかえり」と書いてあるのでたぶんいいでしょう。

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天理市内を走る奈良交通バスも、天理ではおかえりと出迎えてくれます

 天理駅前からは天理本通り商店街を通って天理教本部に向かいます。駅前にあるとはいえ人口約7万人の地方都市、市内にはイオンもあるので、多くの似た条件の地方都市であれば真っ先にシャッター通りになってそうですが、ここ天理本通りは今日の商店街にしては栄えているほうでしょう。天理といえば天理ラーメンが有名ですが、私はラーメンがあまり好きではないので食堂でカツ丼をいただきました。美味しかったです。ちなみにその食堂はフツーの食堂でしたが、店内にかかっているカレンダーは天理教のものでした。

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天理教本部へ続く天理本通り商店街。参道みたいなかんじですかね

 ちょうど行ったときは、こどもおぢばがえりという天理教のなかでも規模の大きい行事のひとつにあたっていて、びっくりするくらいたくさんの子どもがいました。子ども向けか普段からあるのかわかりませんが、商店街にも出店が並び、町中もこどもおぢばがえりの歓迎ムードです。

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近鉄こどもおぢばがえりを歓迎していました

 商店街は天理教本部に近づくにつれて神具店や天理教のはっぴなどを売る店が増えてきます。天理教書店もあり、この記事内の天理教情報はそこで買った本を基に書いていますので、天理教について詳しく知りたい方は最寄りの教会へどうぞ。

 商店街を抜けるとそこは天理教本部のまえです。巨大な神殿が現れます。時期が時期なので子どもが多かったです。

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天理教書店。天理の案内や、日本語版とインドネシア語版の天理教の教典などを購入しました

 実は(というほどでもないですが)天理教本部にくるのは二回目なんですね。中学生のときに部活の合宿で天理に来たことがあり、そのときに朝のお勤めに部員全員で出たことがあります。天理教の詰所(宿泊施設)を使用させてもらったので、顧問の先生が使わせていただいた礼儀としてお勤めに出ようということだったのでしょう。私と天理教の接点といえば、このときの合宿と、前住んでいた家の目の前が天理教の教会だったことくらいです。

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天理教本部神殿。めちゃくちゃ大きくてきれいです

 入っていいかどうかはわかりませんが神殿をひとまわりしました。天理教にはひのきしんと呼ばれる奉仕活動があり、神殿のあちこちで掃除をしていて、巨大で長い回廊もホコリひとつなく清潔に保たれています。天理教徒にとっては神聖な場所なのでのこのこ観光気分で歩き回るのも失礼かなと思いましたが、すごく落ち着いた雰囲気がいいかんじでよかったです。

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本部神殿をぐるり一周。上の写真とはまた別の礼拝堂

 神殿にいるのもいいですが、この日天理に来たのは天理参考館という博物館が目的です。天理参考館というとなにやら天理教の展示ばかりしていそうな名称ですが、天理教に関しての展示は少なく、アジアやアメリカ大陸方面に強い民俗学博物館といったほうが正しいでしょうか。詳しくは紹介しませんが、おもしろい展示物がたくさんあるので、関西の方は次の週末お出かけや博物館デートにおすすめします。遠方の方も、奈良観光のついでに是非どうぞ。

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天理参考館。天理教本部と同じ建物だそうです

 天理参考館は正式名称を天理大学付属天理参考館といい、名前の通り天理大学の施設です。天理大学はもともと天理教の海外布教を目的に作られた語学学校が前身らしいので、いまでも人類学分野に強いのでしょう。実際、日本で数少ない閩南語(台湾語)の辞書のひとつは天理大学が作成しています。

 また、天理参考館でも展示がありますが、アメリカ大陸への布教は盛んだったらしく、いまでもブラジルなどに多くの信者がいるそうです。試しにグーグルマップでブラジルに焦点を合わせTenrikyoと検索したら、天理教の施設がたくさんありました。日系人への布教が中心だとしても、ポルトガル語の知識は欠かせないでしょうし、実際天理大学にはポルトガル語の専攻課程があります。

 このブログはマレー世界が主な話題ということなので繋げておくと、天理大学といえば関西で数少ないインドネシア語が履修できる大学のひとつです。専攻課程があったかどうかは記憶にないのですが、スピーチ大会などでも天理大学からの出場者は珍しくないので、質の高いインドネシア語教育が行われているものと思われます。

 余談ですが、私の大学のときの指導教官がインドネシアの大学に通っていた時、天理教の方が同じクラスにいたそうです。天理教の布教と教典をインドネシアの言語に翻訳するために大学で学んでいたそうです。天理参考館の展示でもありましたが、全く基盤のない土地に行って布教するというのは相当な根気が必要で、たくさん苦労もしたことを考えると脱帽です。

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JTBも遠方からのおぢばがえりをサポート。ちなみに鉄道ファンには天理臨と呼ばれる団体貸し切り列車は有名です

 がんぺーの天理訪問記は以上です。ただの紀行ではありますが、これからもちょくちょくこのような記事も書いていこうとおもうのでよろしくお願いします。

 

天理へのアクセス(公共交通機関

大阪から

 近鉄奈良線大阪難波日本橋、上本町、鶴橋などから乗車)で大和西大寺へ。西大寺から橿原線で平端、平端から天理線近鉄天理へ。難波から約一時間。

京都から

 近鉄京都線に乗車。急行が速い。橿原神宮行きは平端で天理線に乗り換え。奈良/西大寺行きの場合は西大寺で乗り換え。

奈良から

 近鉄西大寺で乗り換え。JRの場合は万葉まほろば線で天理まで。

 近鉄電車は京都から天理行きの急行や普通電車が出ていることがあり、西大寺からでも利用できますが、本数が少ないので平端乗り換えが確実でしょう。

マレー語の口語表現

 あぱかばー?

 マレーシアに留学してたがんぺーです。といっても一年ほど交換留学でしか行っていないので「僕マレー語できるんですよ!」と胸を張って言えるほどできるのかといえば疑問符がつきますが、生活に困らない程度にはできますので、生意気にもマレー語の紹介をします。

 早速ですが問題です。

 マレー語或いはインドネシア語を学習している方は、以下の文章を読んでください。そうでない方はざっと眺めてください。

 

A : Awak dah pergi restoran baru tu?

B : Belum, aku tengok je lah. Awak dah makan kat sana?

A : Dah.

B : Macam mana rasa tu?

A : Bolehlah, tapi pedas sikit.

 ※答えは記事の最後です※

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マレーシアのよくある食堂

 マレーシアに住んでいるor住んでいた方で、マレー語の素養がある方は「なんや簡単やないか」と思ったかもしれません。逆に、インドネシア語学習者でマレーシアに殆ど縁のない方は全くわからないでしょう。

 マレー語とインドネシア語はもとは同じ言語で、現在でも標準語で書かれた文章はだいたい理解できると思います。ところが会話になると全く歯が立ちません。そこで、マレーシアに訪れたインドネシア学習者からよく言われる「書いてあることとかはわかったし話したら通じたけど、言ってることがまったく理解できなかった」という声にもお応えし「これさえ押さえておけば50%くらい理解できるようになります!たぶん」というマレー語の口語表現を紹介します。

 私が大学で学んだ学科はインドネシア・マレー語コースといって、インドネシア語もマレー語も勉強するところでしたので、インドネシア語もわかります。ただ、私はインドネシアに旅行でしか訪れたことがなく、標準語を使用するニュースなどでしか接さないので、スラングや口語表現などは全く分かりません。その辺はご了承ください。

 ちなみに、ここでいう口語表現はあくまでKL(クアラルンプール)周辺で使用されている表現です。

 

よく使われる口語表現

 Macam(まちゃむ)は本当によく使用します。マレー語の先生が「まだマレー語を全く知らないときに、マレー人どうしのマレー語の会話を聞いて耳に残ったくらい」というほどです。「~みたい」という意味で、標準マレー語ではsepertiといいます。このmacamが重複するとmacam-macamになって「いろいろ」という意味になりますが、こちらは標準語でも使われます。

 「どないしたん?」とか「どんなかんじ?」と聞くとき、標準語だとbagaimanaと言います。インドネシアでもこれを使いますが、KL周辺ではMacam namaと言います。そのmacamどっから来てん?と突っ込みたくなるかもしれませんが、これが口語表現です。はい。

 

 友達と待ち合わせをしていて遅れるor遅れられるのは日本だろうがマレーシアだろうが日常茶飯事ですよね。そんなときはメッセージアプリで「お前どこおるんや?」と聞きたくなります。丁寧に言えばkamu di mana?(かむ でぃ まな)といいますが、口語ではAwak kat mana?(あわっ かっ まな)になります。awakはマレー語で、同等な立場の友人などに使う二人称です。決して目上の立場の人には言わないでくださいね。おそらくインドネシアでは使わないでしょう。そしてkatですが、おそらくdekat(近い)の縮小であると考えられます。

 

 人をどこかに誘ったりするときはJom(じょむ)をよく使います。「メシ食いにこーぜ」だとjom makan(じょむ まかん)ですね。英語で話しているときでもよく使います。インドネシアだとyukでしょうか。

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「里帰りしようぜ!」

 インドネシア人がよく知っているマレー語のひとつにTengok(てんごっ)という言葉があります。「見る」という意味です。標準マレー語やインドネシア語では、「(ものなどを)見る(Lihat)」と「(映画などを)観る(Tonton)」などで単語が違いますが、tengokはどっちにも使えます。「あっち見てよ」はTengok sana、「サッカー観戦」はTengok bolaといった具合です。

 

 インドネシア語ではよく単語の一部分が省略されたり形が変わったりしますが、マレーシアとて同じです。以下、よく会話で使う単語です。

 標準語 → マレー語省略例 (インドネシアでの省略形)「意味」

 sudah → dah(udah)「~し終わった」など

 sahaja、saja → je(aja)「だけ」

 tidak → tak(ngak)「(名詞以外の否定形)」

 hendak → nak(そもそもhendakを口語であまり使用しない)「~したい」

 sedikit → sikit「少し」

 などがあります。

 

 これ以上紹介しているとキリがないので、今回はこの辺です。次回は発音や標準語とは違う意味で使用される単語などを紹介したいと思います。

※答え合わせ※

A : Awak dah pergi restoran baru tu?(お前あそこの新しいレストランもう行った?)

B : Belum, aku tengok je lah. Awak dah makan kat sana?(まだだよ、見ただけ。お前もうあそこで食べたの?)

A : Dah.(食べたよ)

B : Macam mana rasa tu?(味はどうだった?)

A : Bolehlah, tapi pedas sikit.(いけるね。まあちょっと辛いけど)

ラグ・パトリオティックを聴こう~Sejahtera Malaysia~

 マレーシアでは、何年かに一回の頻度で、政府が愛国ソングを発表します。マレーシア汝を愛しましょうみたいな感じの曲と思っていただければいいのですが、それ以外にも多民族国家という実情を反映して、民族の団結だったり、国の発展だったりなども愛国歌の要素としてあるのですが、発表された時代によって、そのときのマレーシアが目指しているところなどがわかるなど、世相も反映されていて、愛国歌の歌詞を見るだけでもとても面白いです。だいたいその時の政権のスローガンが反映されていることも多いです。

 愛国ソングといっても力強いかんじではなく、ポップな感じの歌いやすいものが殆どです。先ほど政府が~と書きましたが、政府ではなく歌手が発表したものなどもあるので、一概に国が関わっているというわけでもないのですが、国が主導になって発表される曲が多いです。

 愛国ソングはマレー語でLagu Patriotik(ラグ・パトリオティック)といいます。数も多いので、流行り廃れがあり、有名な曲は何年経っても歌われますが、一度発表されたきりあまり歌われない曲もあったりします。

 紹介するのは1992年 に発表されたSejahtera Malaysiaです。日本語だと「平和なマレーシア」でしょうか。1992年といえばアジア通貨危機の前で、マレーシアが順調に経済発展を遂げていた時代。近年発表される愛国ソングに比べると、少し堅いかんじがありますが、これから発展に向かっていくぞという決意と底力を感じさせる歌詞であす。

 ※調べても1991年と1992年がはっきりしなかったのですが、おそらく1992年で合っていると思われます

www.youtube.com

 オリジナルのミュージックビデオだそうです。少し見にくいかもしれませんが、多様な文化や産業の発展が描かれていることがわかると思います。

  私は通訳でも、マレーシアに住んでいるわけでも、マレー語を飯の種にしているわけでもなんでもなく、大学で3,4年ほどマレー語を勉強しただけです。それに加え、最近はマレー語を使用していないので忘れかかっています。和訳歌詞は、意味が通るように意訳していることろも多いです。できる限り歌詞原文のマレー語との意味が大きく乖離しないようにはしています。また、マレー語がわかる方は、もし間違いがあれば指摘してくださると私も嬉しいです。

曲名:Sejahtera Malaysia

Puji dan syukur pada Ilahi

神に感謝と称えあれ
Anugerahnya tiada terhingga

絶えなき恩恵に預かる
Kedamaian kemakmuran

平和と発展は
Malaysiaku bahagia

我らがマレーシアの喜びである

Dengan tekad untuk berjaya

理想を実現するための強い決意
Berbakti pada nusa dan bangsa

祖国と国民に忠誠を尽くす
Kami junjung cita-cita luhur

我々は高貴な理想のもとに
Perpaduan seluruh negeri

全土で団結するのだ


Seia sekata sehati sejiwa

心をひとつに、魂をひとつに
Menghadapi cabaran

試練に立ち向かう
Kami sedia kami setia

間違いなく準備はもうできている
Berkorban untuk negara

国のために尽くすことを

 

Bersemarak Malaysia tercinta

称えあれ我らがマレーシア
Kibarkan panji kebesarannya

誇り高き旗がなびく
Kami rela menjaga namamu

我々はその名を護る
Sejahtera Malaysia

平和なマレーシア

 

 少し堅い内容なので、訳が難しかったです…。改めてしっかり訳すと、いままでなんとなくでしか覚えていなかったことをしっかり確認できたりするので、個人的には勉強になっていいのですが。

 

 去る5月9日の第14回マレーシア統一下院選挙で、独立以来政権の座にあったバリサン・ナショナル(国民戦線)を下し、初の政権交代を成し遂げたパカタン・ハラパン(希望連盟)。ハラパンが、選挙数5日前の5月5日に、クアラルンプールで行われた演説会で歌った愛国歌こそ、この平和なマレーシアでした。

 優しく穏やかな曲調とは対照的に「我々は国のために尽くすのだ」という決意が感じられる歌詞です。この曲を歌った通り、マレーシアはいま、ハラパンとそれを率いるマハティール首相のもと、様々な改革が進められています。

 これからのマレーシアに期待です。

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前述の、5月5日の演説会で歌われたSejahtera Malaysia

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国民戦線(前の与党連合)が政権を握っていたころ、当時のナジブ首相退陣や汚職撲滅などを求めて行われたBersih4.0(2015年)のデモで歌われたSejahtera Malaysia。

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アカペラバージョン

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冒頭にマハティール首相の就任宣言もあります。最近カバーされたバージョン。

ハリラヤの思い出

 2018年は、クアラルンプール時間で6月14日の日の入りをもってラマダン月がおわり、イスラム暦で10月に当たるシャワル月に入ったようです。そして世界中のムスリムが待ちに待った断食明け大祭。マレーシアではHari Raya(ハリラヤ)と呼ぶこの日ですが、英語というかアラビア語ではEid al-Fitr(イード・アル・ファトル)と呼ぶみたいですね。

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KLIA(クアラルンプール国際空港)で「田舎帰ろうぜ!」と呼びかける少年(?)

 マレーシアのマレー語でハリラヤを祝う挨拶は、Selamat Hari Raya Aidilfitri(スラマ・ハリラヤ・アイディルフィトリ)です。Selamat Hari Rayaだけでも使えます。

 このブログでも何度かハリラヤやラマダンについて述べたり、ハリラヤソングというかラグラヤと呼ばれるハリラヤについての歌を和訳したりしているのですが、私自身のハリラヤ体験というか、この記事の二年前に当たる2016年にマレーシアに一年間留学していたことから、ハリラヤを体験しているので紹介したいと思います。

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街中には至る所に「ハリラヤおめでとうございます」という垂れ幕などがたくさんかけられている

 留学していた大学はマレー人学生の比率が高い国立大学です。私が留学した年は7月にハリラヤを迎えたのですが、運がいいのか悪いのか、ちょうど試験が終わり長期休みに突入するタイミングでハリラヤを迎えました。というのも、長期休暇の時期は学部生は全員が帰省していることに加え、ハリラヤの時期は職員も帰省します。ようは大学内のすべての機能が停止するのです。電気や水道は通っていたので生活はできなくもないのですが、食堂や学内バス(マレーシアの国立大学はどこも例外なく広いので学内バス移動が基本)は休みです。都市部ならまだしも、街から少し離れている郊外のジャングルにある大学で、千人以上収容できる学生寮で自分だけというのも寂しいですし怖いです。というわけで、ハリラヤ連休はKL(クアラルンプール)市内のホテルに一週間ほど泊まることにしました。ハリラヤの時期で宿泊客が少ないのか、かなり安かったです。ほかの日本人留学生も、私と同じようにKLのホテルにいたり、マレーシア国内や近隣諸国に旅行したり、連休に合わせて一時帰国してたり、各自それぞれの方法で過ごしていたようです。

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KLセントラルのショッピングセンターもハリラヤ装飾

 「せっかくマレーシアにいるんだし、ハリラヤをマレー人の友人宅で過ごせばよかったんじゃないか」と思われるかもしれません。実際によく言われました。言い訳でもないのですが、当時はマレー人の友人が殆どいなかったのです。入っていたラグビーチームにはマレー人の友人がいましたが、彼らは試験が終わり早々に帰省したので、帰省に連れていってくれと言いそびれたことと、そもそもチームに入ってあまり日が経っていなかったので言い出しにくかったという、いまとなってはよくない気遣いをしたからというのもあります。

 ハリラヤ連休はKLのホテルでのんびり過ごそうかと思っていたそのとき、ヒンドゥー教徒のインド系の友人Rくんから「ハリラヤの日にどっか連れてってやるよ」とメッセージが来ました。暇していたのでとてもありがたかったです。

 ハリラヤ当日。どこかのオープンハウスに行くと思っていたので、正式な場所でも着用できるバティック柄のシャツを着てRくんと合流しました。オープンハウスというのは、ハリラヤに家をオープンして、パーティーというほどでもないのですが、来客に料理やお菓子を振る舞い、ハリラヤの挨拶回りをしに行くことです。家だけでなく、モスクや公共機関などでも行われています。マレー語ではRumah Terbuka(ルマ・トゥルブカ)といいます。子どもなどは特に、オープンハウスを回りながらDuit Raya(ドゥイラヤ)と呼ばれるお年玉をもらいます。どうも中国の紅包からきた風習だそうで、子供だけでなく未婚の人もたしかもらえたように記憶します。

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ハリラヤ当日の王宮。普段はここから先は入れない

 はじめに向かったのは王宮。Istana Negara(イスタナ・ヌガラ)と呼ばれているところですね。国王もオープンハウスをしています。なんでもKLで最大規模のオープンハウスだそうで、本当に沢山の、沢山の人が王宮でのオープンハウスに訪れていました。ハリラヤを国王といっしょに祝おうと多くの人が訪れるわけですね。モニターを通じて国王の挨拶もありました。

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歌謡ショーも行われていました

 その次はKL市内にあるRくんの友人のマレー人宅。マレー人は多くが惣村部出身なので、クアラルンプールが田舎のマレー人というのは珍しいとおもったものですが、そこの家も親がたしか近郊の州の出身で、すぐに帰れるからクアラルンプールにいるのだろうと勝手に推測しました。

 そして最後に、Rくんが高速道路を飛ばして着いたのは、プトラジャヤの政府主催のオープンハウス。

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→食べ物たくさん/←挨拶部屋 と書いてます

 上の写真の左向きの矢印に書いてある、Ruang Bersalamanという場所に行くと、当時の大臣が並んでいて、あいさつに訪れた市民と握手しています。私も当時のナジブ首相と握手。がっちりして大きな人だったのを覚えています。

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首相夫婦や各大臣たちと挨拶した部屋の入口

 以上、私の2016年のハリラヤです。二年前のことということに加え、写真が少なくて伝えるにも伝えれず、個人的にはもう少し撮っておけばよかったと思うばかりです。

 これだけだとただの私が過ごしたハリラヤになってしまうので、最後にハリラヤの時期に見られるマレーシアの風景を。

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KLの高級ショッピングセンター前。Syukur Selalu(いつも神に感謝を)というのは、たしか2016年のテレビ局だったかのハリラヤのキャッチフレーズでした

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モノレールの駅にて

ハリラヤソングを聴こう~Balik Kampung~

 ハリラヤ(断食明け大祭)まで一週間を切り、マレーシアは全土で帰省ラッシュに入りました。マレーシアだけでなく、お隣のインドネシアも、そしておそらく世界中のムスリムが実家などを目指して移動し始めていることでしょう。

 ハリラヤ帰省は、日本でいうお盆休みの帰省ラッシュと似たようなかんじですね。日本だと「盆の時期は仕事で少しずらして休みがある」とか「新幹線も飛行機も高いから今回は帰らない」という人もいるかとおもいますが、マレーシアだとそういう人の割合はいるにはいますが日本よりは少ないでしょう。

 さて、マレー人やほかムスリムが心待ちにするハリラヤ帰省。そんな時期にぴったりな歌があります。マレーシア伝説の歌手・大御所ともいえるスディルマンのBalik Kampungです。意味はずばり「帰省」。今までに紹介したハリラヤソングとともに、よく流れてくる歌のひとつです。

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曲名:Balik Kampung

歌手:Sudirman

 

Perjalanan jauh tak ku rasa

Kerna hati ku melonjak sama

長距離でもなんともないさ

心はすでに故郷にあるんだ
Ingin berjumpa sanak saudara
Yang selalu bermain di mata

いつも目に浮かんでいる

家族や親戚に会いたいんだ

 

Nun menghijau gunung ladang dan rimba
Langit nan tinggi bertambah birunya

森や山は青々としていて

空は晴れて広々としている
Deru angin turut sama berlagu
Semuanya bagaikan turut gembira

風がいっしょに歌っている

皆が祝福してくれる

 

Balik kampung oh oh…

さあ帰るぞ!
Hati girang

心が躍る
Ho ho… Balik kampung 

さあ帰るぞ!
Hati girang

心が躍る

 

Terbayang wajah-wajah yang ku sayang

Satu-satu tersemat di kalbu

愛しい人たちの顔を思い出す

それぞれの顔を心に留めて
Pasti terubat rindu di hati
Menyambut kepulangan ku nanti

寂しい心も吹っ切れるさ

故郷への帰りを祝おうじゃないか

 

 ハリラヤで帰省するムスリムの、故郷への到着をいまかいまかと待ちきれない気もちがわかりますね。

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つい先日、大手ラジオ局のひとつHot FMから発表されたライブバージョン。 「ファンタスティック・ラヤ」というハッシュタグが付いていますが、ムスリムにとってはファンタスティックなひとときです。 

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タイ語バージョン